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chapter,1 (4)

last update publish date: 2026-07-08 16:22:08

 わからない。

 悶々と悩むなんて自分らしくないと上城は苦笑する、が、思考回路は一方通行。

 脳裡に浮かぶのは淋しそうな鈴代の笑顔。何かを諦めて、このまま消えてしまいそうな儚さを持つ少女のことばかり、上城は考えてしまう。校門を抜けて、信号待ちをしている間も、鈴代の困り果てた表情がちらちら垣間見えて離れない。

 近寄るな、と言って、上城を遠ざけようとする鈴代。それでも求めてしまう上城。そして完全に拒まない鈴代。それとも、拒めないのだろうか?

「ね。そこのキミ」

 信号が変わって、自動的に歩き出す上城の左腕を、見知らぬ少女が掴んでいることすら、彼は気づいていなかった。

「……え」

 信号を渡る途中で、左手の重みに気づいた上城、渡り終えてから、左側を見ると。

「キミだよキミ」

 淡いピンク色に近い、灰色のブレザーを着た少女が、上城に目線を合わせ、断言する。

 近所の都立高校の制服であることを知らない上城は、突然現れた少女に戸惑い、呆然としている。茶褐色の髪は肩までのセミロング、日本人特有の焦げ茶色の瞳、膝上五センチのスカート丈……上城の前にいる少女は、鈴代とは正反対の、今風の女子高生だ。

「俺が、何?」

 睨み付けるように、上城を見つめていた少女、畳み掛けるように、問い掛ける。

「愚者ね」

 グシャ? 上城は首を傾げる。黙って少女を見ていたからか、少女は更に続ける。

「噂になってるわよ。人殺しの魔女に恋した愚か者って」

「ああ、フールか」

 グシャの意味がわかった上城は、安心して少女が口にした言葉の意味を反芻し……沈黙する。

 ……人殺しの魔女に恋した愚者が俺のことだとすると、魔女にあたるのは。

 一人しかいない該当者。自分が運命の人と銘打った少女が。

「人殺しの、魔女……?」

「あら、知らなかったの? クレーマじゃ有名な話なんだけど……転入生かしら? それじゃあ騙されちゃってもしょうがないわね」

 少女は何も言わない上城を嘲笑うように言葉を続ける。それは、上城が知らない鈴代の話。彼女が人殺しの魔女と影で囁かれ続けている呪いと現実に起こった殺人事件。

「警察は事故で片付けちゃったけど」

 悔しそうに、忌々しげに、唇を震わせて、少女は告げる。憎しみを露にした少女のペースに巻き込まれないよう、上城は「嘘だ」と低い声で遮る。だが、顔色は冴えない。

「本当よ。だからみんな、怖がっているの。彼女の傍にいたら、呪われちゃうから」

 それでも否定しようとする上城に、少女は溜め息を吐く。吐きつける。

「魔女に本気になるなんて、そうとうの愚者だね。早く眼を醒ました方が賢明よ」

 動揺を隠せないまま、上城は言い返す。

「愚者で結構。魔女の存在を信じてる非現実的な人間よりマシだ」

「まあいいけど。強がり言えるのも今のうちよ。近寄って痛い目に合っても知らないから」

 そして、ひらりと踵を返し、少女は姿を消す。鈴代泉観に近寄るな、という警告を残して。

 ――どういう、ことだ?

 蒼白な表情で、上城は鈴代を人殺しの魔女と言い張った少女の消えた方向を見やる。

 謎めいた眠り姫の正体は、呪われた人殺しの魔女。突然つきつけられた刃のように鋭い少女の憎しみが、上城に衝撃を与える。

 たしかに自分は何も知らない愚か者だ……たとえ、そうだとしても。

 だからって、鈴代を諦められるか? 今更、あいつは人殺しだから関わるな、なんて。

 上城は硬直した身体をゆっくり動かしはじめる。再び。だけど、感覚が戻ってこない。まるで凍りついてしまったかのようで。

「余計、気になるじゃねーか」

 その中で、溜め息だけが、自分が生きているという証であるような気が、した。

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